言葉の出どころと重み —「生まれたところを遠く離れて」に思う

A Departure

【令和の貧窮問答歌】

 コロナが原因で職を失い今なお仕事にありつけない人がいるかと思えば,コロナ以前のようには仕事ができなくなって大きく収入の減った人もいる。また信じられないことに,2020年10月末の時点で,一部地域で10万円の給付金を受け取れていない事例がわずかながらあったというツイートも目にした。そういう人たちの気持ちを,井上陽水「傘がない」の替え歌にしてみた。

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「金がない」

コロナ禍で 死んでゆく 人たちが 増えている
今朝見た つぶやきの 多くが 触れていた
だけども 問題は 今日も俺 金がない

生きなくちゃ 君のために生きなくちゃ
君とともに生きなくちゃ からけつで

薄い財布が 今日は特に軽い
家族のこと以外 考えられなくなる
それはいいことだろう?

テレビでは まやかしの GoToの 問題を
誰かが 嬉々として のんきに しゃべってる
だけども 問題は 今日も俺 金がない

生きなくちゃ 君のために生きなくちゃ
君とともに生きなくちゃ からけつで

薄い財布が 今日もまぶたに痛い
家族のこと以外 何も見えなくなる
それはいいことだろう?

生きなくちゃ 君のために生きなくちゃ
君とともに生きなくちゃ からけつで

生きなくちゃ 君のために生きなくちゃ
君とともに生きなくちゃ からっぽで

生きなくちゃ 君のために生きなくちゃ
君とともに生きなくちゃ 金がない
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「傘がない」では,都会の自殺者増加を報じる新聞や,我が国の将来の問題について深刻な顔で話すテレビの報道を目にしたことに触れている。ところが歌の主人公の目下の問題は,恋人に会いに行きたいのに雨が降っていて,しかも間の悪いことに傘がないということである。
社会情勢が危機にあるのに,色恋を優先するとは何事だという声が挙がるのに先んじて,「それはいいことだろう?」と歌う。

 もちろんいいことに決まっている。何しろ「君のこと以外は考えられない」と言えるほど愛する人がいるのである。何も心配することも憂慮すべきこともなく,おだやかに,平穏な暮らしの中で純粋に人を慈しみ,幸せに暮らしたいという素朴な願いが「悪いこと」であるはずがない。

 そして現在,コロナ禍も政府の経済運営も,私たちの誰ひとりとして決して無視できない深刻な問題である。しかし個人としては,そういった問題よりも目下の生活や家族のことをまず優先する。それははたして批判されるべきエゴだろうか。「意識が低い」と糾弾されるべきことだろうか。政治経済や社会の危機を気にすることなくおだやかに不足なく暮らしたいと願うのを,いったい誰が責められるだろうか。

「千両みかん」と「サキちゃんのぶどう」

 落語に「千両みかん」というネタがあります。主に6月頃のジメジメとした梅雨の時期にかけられることの多い演題ですが、今なおダラダラと続く暑さ、やや遅れてきた感のある台風、そしてコロナ禍と、気の重くなることばかりが重なる今年は、あえてこの時期に取り上げてみてもよいのではないかと思います。

 噺の結末は、落語らしいばかばかしさを笑い飛ばせるものでありながら、同時にいくつかの思索を促す一面も備えています。落語は、その淵源に仏教法話としての性質も備えていたという事情もあり、あれこれ考えを巡らせる楽しさもあります。今日はその思索のきっかけをいくつか挙げてみます。

 また、高野山真言宗の僧侶である桐生俊雅師がYouTubeで、筋書きの一部が似通っていて結末の異なる話(実話をもとに構成されたとされるもの。このブログでは、タイトルを「サキちゃんのぶどう」としました)をシェアしておられるので、並行してご紹介します。

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目次

・「千両みかん」 あらすじ
・「サキちゃんのぶどう」 あらすじ
・助けを求めるという自己責任
・目的合理性と価値合理性
・向かう先の異なる慈悲
・寛容の能動性
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・「千両みかん」 あらすじ

 とある大きな商家の若旦那、患いついて長いこと床に伏せております。江戸で一番の名医と呼ばれる医者を呼んで診てもらうと、「体にはどこにも具合の悪いところはない。何か思い悩んでいることがあると見る。その悩みさえ解決できれば元気になるだろう」と言う。

 父である大旦那も「親の私にも言えないような悩みごとを抱え込んでいるのか」と心配になり、若旦那が赤ん坊の頃から親しく面倒を見てくれた番頭に、それとなく悩みを聞き出してくるよう命じました。

 若旦那の寝ている座敷で番頭が尋ねてみると、このところ寝ても覚めても頭から離れないことがあると打ち明ける。

「あの、やわらかな・・・ふっくらとした・・・」
「あぁ、なるほど。そうでしょう。誰でも若い男ってものはそういうものなんですよ。何もきまりが悪いなんてことはありません。あたしにも若い頃にはそういった覚えがありましたからね」
「肌のつやつやとした・・・みずみずしい・・・香りのいい・・・」
「えぇえぇ、そうでしょう。どこかのご婦人のことをお思いになってらっしゃるんでしょう」
「そんなことじゃないんだよぉ」
「それじゃぁ、何なんです?」
「それが言えるくらいなら病気になんかなったりするもんか。口に出したところで、決して叶うはずのないことなんだよ。だから、黙って死ぬことにするから、このままそっとしておいてくれないか」
「そうはおっしゃいますが、言ってみなければわからないじゃありませんか。私にできることがあれば、命に代えてもお役に立ちますよ。おっしゃいなさいな」
「子どもの頃からわがままいっぱいに育ててもらった私だけどね、今度ばかりはどう逆立ちしたって叶うわけがないんだよ。望みを口にしたところで、親の心配も増すばかりだ。言うも不幸、言わぬも不幸なら、何も言わずに死ぬよ」
「二言目には死ぬ死ぬってぇますがねぇ、あなたも胸に何かが引っかかったまんまで死ぬのも気持ちよくないでしょう。そこまで死ぬと決めてらっしゃるんなら、せめて何かおっしゃってからにしてくださいな」
「そこまで言ってくれるんなら話をするけど、実はねぇ番頭、あのやわらかな・・・キメの細かい・・・みずみずしい・・・ふっくらとした・・・香りのいい・・・みかんが食べたい・・・」
「へっ?みかんですって?いい加減にしてくださいな、何事かと思ったじゃありませんか。そんなことでしたらお安いご用ですよ。みかんくらい、いくらだってご用意いたしますよ」
「本当かぃ?」
「もちろんですとも!」
「それなら番頭、よろしく頼むよ」

 事の次第を大旦那に伝える番頭。

「旦那さま、聞き出してまいりました。何事かと思ったら、みかんが食べたいとこうおっしゃるんですよ。なぁんだそんなことですか、お安いご用ですと申し上げましたら、若旦那の頬にぽっと赤みが差しました。みかんを召し上がりさえすればお元気になられるんですから、わけもないことです」
「ふむ、番頭・・・お前、本当にみかんを用意すると言ったのかぃ?この暑いさなかにみかんが買えるのかぃ?」
「・・・はっ!そうでした!買えません!あれだけ大騒ぎをしてようやく聞き出してみればみかんとおっしゃるので、なんだそんなことかと思ったとたんについ請け合ってしまいました。あいすみません、うっかりしておりました」
「うっかりで済む話じゃないよ、番頭。あれだけがっかりしていた者をぬか喜びさせておいて、やっぱりありませんでしたなんて言おうものなら、そのときこそぽっくり逝ってしまうよ。そうなったらお前は主殺しだ。直に手を下すわけじゃなくても、何より重い罪だよ主殺しや親殺しは。ことによっては江戸中引き回しの上逆さ磔だよ」
「そ、それは困ります!どうかご勘弁ください!」
「あぁ勘弁しましょう、赦しましょう、私はね。だけどね、主殺しとなればお上は赦してくださらないだろうね。どうするつもりだぃ?」
「ぐずぐずしててもしかたがありません。江戸は広いんでございますから、きっとどこかに一つくらいはみかんがあるかもしれません。今から探してまいります!」

 そうは言ったものの、真夏のさなかにみかんなど、どこにもあるはずがありません。それでも八百屋という八百屋を片っ端から回ってみましたが見つからない。しまいには鶏屋にまで飛び込んでみかんをくれと言い出す始末で大騒ぎ。その鶏屋の主人、この時分に八百屋をいくら回ったところで見つかるはずはないからと、神田多町の青物問屋街に万惣というみかん問屋があるからそこで聞いてみてはと勧めました。

 万惣にて、

「あの・・・みかん、ありますか?」
「はぃ、ございます」
「く、ください!みかんください!」

 取り乱したようにみかんをくださいと叫ぶ番頭の様子を見て、万惣の主人はあっけにとられたものの、すぐに店の若い者に声をかけて、みかんを囲ってある蔵を残らず開くようにと命じました。ところが酷暑のさなか、腐ってドロドロになったものばかりで、とても売り物になりそうなものは見つかりません。

「お客さま、おあきらめくださいまし。なにしろ今年はみかんの出来がたいへんよろしくて、甘みの強いものばかりでございました。そういったみかんは特に長持ちがいたしません。ごらんの通り、どの箱のみかんもすでにドロドロでございます」
「そ、そこをなんとか!どうしても一つだけでも買いたいんでございます。もう一度調べていただけませんでしょうか!」

 あまりに必死なので、主人ももう一度目を凝らしてよさそうなものを探しにかかりますと、たった一つだけまともなものが見つかりました。

「お客さま、これ一つだけでございますが、まともなものがございました」
「あ、ありがとうございます!おかげさまで人の命が二つ助かりました!」

 大げさなことを言う客だと思いながらも、たった一つとはいえ売り物になるみかんが見つかって主人も満足げ。

「そのみかん、おいくらでございましょうか?」
「・・・千両いただきます」
「せ、千両?!それはいくらなんでも買えません!高すぎます!十両盗めば首が飛ぶというこの世の中に、人の命が百人分じゃありませんか!そんな法外な!」

 ところが万惣の主人は落ち着いてこう言います。

「このみかん一つが千両というのは、私はむしろ安いと思います。この広い江戸で、みかん問屋ののれんを下げているのは手前ども一軒だけでございます。毎年、腐るのを承知でこうして蔵にみかんを囲っておりますのも、みかん問屋ののれんあればこそでございます。この暑いさなかにみかんを欲しいとおっしゃるお客様は五年に一度、あるいは十年に一度あるかなしかでございます。そのときに、みかん問屋の誇りにかけて、みかんがないとは言えません。商人はのれんを何より大事にいたします。毎年、蔵をまるごと一つ使って、こうしてみかんを腐らせております。ここに一つ見つかったまともなみかんは、これまで長年の間に囲ってきた何百箱、何千箱というみかん箱の中から残った一つでございます。手前どもは商人でございます。買い手がつきましたら、それまでの元はそっくり掛けさせていただきます。お見受けしたところ、あなたも商人のご様子。手前どものこの理屈がおわかりでしょうか」

 長年商家に勤めてきた番頭、この理屈は十分すぎるほど理解できます。しかし千両といえば現代の価値に直せば数千万円〜一億円もの大金。自分一人で請け合うことはできないので、すぐに店に取って返し、大旦那に報告しました。

「・・・というわけで、千両なんでございます。およそ法外なので、私一人では決められませんでした」
「千両?安いじゃないか」
「や、安い?でも、ほんの小さなみかんですよ。それがたった一つですよ」
「人の命は、千両、万両と積んだところで買えるものではないだろう。ましてや、せがれの命だ。早く買ってきて、せがれに食べさせてやっておくれ」

 力のある若い者を二人、差し担いで千両箱を担がせて万惣へ。それと引き換えにたった一つのみかんを買ってきて、若旦那の元へ。

「若旦那、たった一つでございます。申し訳ございません。でも、こうして見つかりました」
「あっ、本当だ!みかんだ!番頭、よく見つけてきてくれたねぇ。ありがとう!」
「お礼なら私ではなくて、これを買うお金を出してくださった大旦那さまにおっしゃってください。そのみかん一つ、いくらだとお思いになりますか?千両でございますよ!」
「千両?ふ〜ん・・・」

 大豪商のせがれとして贅沢いっぱいで育った若旦那、千両と聞いてもさほど心に響かない様子。腑に落ちない思いをしながらも、番頭は若旦那のためにみかんの皮を丁寧にむいて差し出しました。

「この皮だってきっと五両や十両の値打ちはございます。中身は十房ありますから、一房百両ですね。さぁどうぞ、お召し上がりください」

 若旦那、十分に味わいながら七房食べて満足しました。残った三房を番頭に手渡しながらこう言います。

「この三つのうち二つはお父つぁんとおっ母さんに、残りの一つは、いろいろ骨を折ってくれたお前が食べておくれ」
「さようですか、では遠慮なく私も頂戴いたします」

 受け取ったみかん三房を手に若旦那の座敷を後にした番頭、廊下でみかんを眺めながらつくづく考えました。

「私が当家に奉公に上がったのが十三のときで、それがもうそろそろ頭が禿げ上がってこようかという今だ。うまくいけば来年にはようやくのれん分けをしてもらえる。そのときに頂けるお金はせいぜい三十両か、まさか五十両は頂けないだろう。ところがこのみかんは三百両。これから生涯、鞭打って働いたところで、三百両なんて金はこの手に握れるものじゃない。三百両、三百両、三百両!!」

 番頭、みかん三房を持って、いなくなりました。

神さまの日記

beate bachmann:Pixabay

 数年前に見つけた海外のウェブサイトに載っていたショートストーリーを独自に翻訳したものをご紹介する。Andy Weirという人の作で、実によくできた興味深い話である。この筋書きについては、折に触れて何度も何度も考えた。かつては「なぜ生きるか?」と自問することが多かったが、今はむしろ「どう生きるか?」に関心が移った。そうすると、このストーリーの捉え方も変わってくる。

 原文のタイトルは「The Egg Theory(たまご理論)」だが、内容から工夫し、あえて「神さまの日記」とした。

原文のURL:The Project Avalon Forum
http://projectavalon.net/forum4/showthread.php?44796-The-EGG-theory

「神さまの日記 ××年△△月◯◯日」

 家に帰る途中でお前は死んだ。

 交通事故だ。よくあることとはいえ、運命の分かれ道というわけだ。妻と二人の子どもが後に残された。痛みを感じる暇さえない死だった。さすがの救急隊員も手の施しようがなかった。体がすっかりバラバラになったのは不幸中の幸いかもしれん、いや本当に。

 そんなわけでお前と私は顔を合わせた。

「何が・・・何が起こったんだ?」お前は尋ねた。「ここはどこだ?」
「お前は死んだのだ」私は言い放った。事実は事実、言い繕っても仕方がなかろう。
「たしか……トラックが横滑りして……」
「そうだ」
「わ、私は死んだのか・・・」
「うむ、だがそう悲観するな。誰だって死ぬのだ」
お前はあたりを見回した。無の世界。お前と私がいるばかりだ。「この場所は何だ?死後の世界か?」
「そんなところだ」
「あなたは神さま?」
「いかにも。私が神だ」
「子どもたちは……妻は」
「どうかしたか?」
「みんな大丈夫だろうか?」
「いいねえ。死んだ途端にまず気にかけるのが家族のことだとは。善人として生きたのだな」
お前は何かにとりつかれたような目をしていた。お前の目には、私の姿は神らしくは見えなかったのだろう。ただの男、いやもしかすると性別すら曖昧だが威厳はあるというところか。どちらかと言えば文法の教師に近いかも知れぬ、全能の神というよりは。
「心配無用、家族は大丈夫だ。子どもたちはお前を非の打ち所のない父親としていつまでも忘れないだろう。反抗期にもまだ早いしな。妻は表向きは涙を流しているが、実は秘かにほっとしているだろう。有り体に言えば、お前たち夫婦の仲は壊れかけていたのだ。せめてもの慰めがあるとすれば、ほっとしている自分にいささか罪悪感を感じるはずだ」
「そうか。それで、これからどうなるんだ?天国とか地獄とかそんなところに行かされるのか?」
「違う。お前は生まれ変わるのだ」
「ああ、ということはヒンズー教の言うことが正解だったのか」
「宗教はいずれも正しい。解釈の相違があるだけだ」

「さあ、歩こう」
お前は私の後をついてきた。『形なくむなしい』地をずんずん進んだ。「どこへ行くんだ?」
「どこだっていいさ。ただ歩きながら話をするのも悪くなかろう」
「はっきりさせたいんだが、生まれ変わったら黒板を消したみたいにリセットされるんだろう?赤ん坊として生まれて、これまでの経験も何もかも帳消しになると」
「それは違う!これまで生きたすべての人生で得た知識も経験もことごとく自分の中に残されているのだ。今はことごとく忘れているがな」
私は足を止めてお前の両肩に手を置いた。「魂は、お前の想像以上に驚異的で美しく並外れて偉大なものだ。人間の意識に収まることなど自分自身のほんの一部でしかない。コップに指を浸して冷水かお湯かを確かめてみるようなものだ。体のほんの一部をちょっと浸けて引っ込める。お前が得た経験はそれだけのことだ。人間として四十八年ばかり生きたところで、体をまるごと投げ出して計り知れない意識の残りの部分に浸る感覚を味わったわけではないのだ。今ここでぐずぐずしていれば、だんだん何もかも思い出し始めることになる。しかし生まれ変わりの間で思い出してみたところでしかたがない」
「なら、これまで私は何度生まれ変わってきたんだ?」
「そりゃもう何度も。山ほど、どっさりだ。何度も何度も別の人生を生きてきた。 今度は西暦540年の中国で農家の女の子として生きることになるぞ」
「ちょ、な、何だって?」お前の舌がもつれた。「過去に戻って生きろというのか?」
「事実を言ったまでだ。お前の知っている時間の概念は人間の住む宇宙にしか存在しない。私がやってきたところでは状況が異なる」
「どこから来たんだ?」
「さあな、どこかからだ。ここではないどこか。そこには私以外の者もいる。どんなところだか知りたいだろうが、まぁ話してもわからないさ」
「そうなのか」お前は少し残念そうだった。「でも待てよ、あちこちに生まれ変わっているうちに、いつかどこかで自分自身と関わることもありうるんじゃないか?」
「もちろん。いつもそうだ。両者の人生はそれぞれ別個のものとして意識されているから、そんな事情があるとはお互い気づかないがな」
「結局、何のためにそんなことになってるんだ?」
「そう来るか?」私は聞き返した。「ここでそう聞くか?人生の意味を尋ねようというのか?少しばかりありきたりじゃないかね?」
「でも、筋違いでもないと思うけど」お前は食い下がった。
私はお前の目を見て言った。「人生の意味。そして私がこの宇宙全体を創った理由。それは、お前の成熟のためだ」
「つまり全人類に?私たちに成熟を望んでいると?」
「『たち』ではない。お前『だけ』だ。私が全宇宙を創ったのはお前のためだ。生まれ変わるたびにお前は成長し成熟し、より偉大な知性となる」
「私だけ?他の人たちはどうなるんだ?」
「他の人などいない。この広い宇宙にいるのは、ただお前と私だけだ」
お前は頭が真っ白という様子で私を見た。「でも人類が地球に……」
「すべてお前だ。異なる命に生まれ変わったお前の姿だ」
「つまり、私が全人類だと?」
「わかってきたようだな」生徒を褒める教師のように、私はお前の背中をぽんと叩いた。
「私がこれまで生きた全人類?」
「これから生まれる全人類でもある」
「アブラハム・リンカーンも?」
「ジョン・ウィルクス・ブースもだ」
「ヒトラーも?」お前はぎょっとした顔で言った。
「ヒトラーに殺された何百万人の人たちでもある」
「イエスも?」
「彼に付き従った者すべてもそうだ」
お前は黙りこんでしまった。

「誰かを犠牲にするたびに」私は続けた。「お前は自分自身を犠牲にしてきたのだ。他人への親切な行いはすべて自分に向けての親切だ。うれしいことや悲しいことを、どんな人間として生まれようとお前は経験してきたし、これからも経験するだろう。それらはすべてお前自身の経験なのだ」
 長い間お前は考え込んでいた。
「なぜ?」口を開くとそう言った。「なぜそんなしくみに?」
「それは、いつかお前が私のようになるからだ。それこそがお前なのだ。お前は私と同類。私の子だ」
「えっ」お前の声はいぶかしげだった。「つまり私は神なのか?」
「いや。今は違う。まだ胎児の状態だ。今もどんどん成長している。全人類の人生を生き切って初めて神の子として生まれる」
「ということは全宇宙は……」
「卵だ」私は答えた。「さあ、時が来た。次の人生に行って来なさい」

 そう言って私はお前を送り出した。

【漱石インスパイア】

2016年6月 実家にて 

 実家は私の住まいから徒歩5分以内の場所にあるが、特段の用事でもない限り行き来することはさほど多くはない。そのためか、実家で暮らす猫の「こむぎ」はかつて、私の顔をなかなか覚えてくれなかった。そういった時期のことを思い返しつつ、ある日撮ったこむぎの写真を見ながら数年前に浮かんだのが次のような文章で、それに少々手を加えてみた。

 何の役にも立たず何の学びも教養ももたらすものではない。我が家の日常の一場面とこむぎの様子を夏目漱石「吾輩は猫である」風に記しただけのごく短い戯れの紹介文である。時折そんなことをしながら文字を加えたり削ったりしていじくりまわしている。

吾輩は猫である。名前はこむぎ

 どこで生まれたものやらとんと見当はつかぬが、現在腰を落ち着けている北海道ではなかったということだけは、日々吾輩の食い物の支度をし何やかやと世話を焼く女主人から知らされた。平生は女主人とその老母が吾輩の面倒を見ていたが、老母は介護施設なるところへ一時転居(やうつり)したとのことで、この住まいにはおらぬ。女主人も老母も至って善良なる人間で心持ちよく交際できるのだが、ときたまやってくる大男の有り様には閉口する。なんでも女主人の兄だそうである。

 「毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶だ」

 この世に来る前、ただ「吾輩」とのみ名乗りついぞ名を持たぬ猫は、人間をそのように描写していた。こんな片輪には一度も出会したことがないとも述懐していたが、この大男、顔はおろか頭にまるで毛がないとは恐れいった。ここまで来ると狐狸妖怪の類と疑わざるを得まい。

 何年も前のある日の午後、老母が昼餉を済ませて一刻ほども過ぎた頃だったか、この男が我が家にやってきたことが匂いで知れた。ことによっては退治してくれんと身構えておったが、戸が開いた時に見えた男の頭はその日は黒いもので装飾されていた。とはいっても毛ではない。真っ黒い小ぶりな編笠のようなものを乗せている。様子がいつもと違うのが不思議ではあったが、吾輩もいくらか興味をそそられた。長椅子の上に飛び乗って男の腹あたりに鼻を近づけると、男はごつごつした手を吾輩の頭に乗せてなでた。存外性質の悪い人間ではないのかも知れぬ。

 吾輩の暮らしている北海道という土地では、口から発する音声の抑揚に甚だ癖のある者に時々出会す。編笠の大男もその一人である。高くなり低くなり、かと思えば間延びしたような調子で、極めて呑気な性質を示しているように思われる。

 吾輩が男の腹に顔を持っていったのを、親愛の情を示したとでも思ったか、男は大げさに目をひんむいて声を裏返しながら、

「これはこれはご丁寧にどうも」

 などと人の機嫌を取る幇間のごとき言葉を発して編笠を取り、吾輩に向かってぺこりと頭を下げて見せた。途端に吾輩の目の前に現れたのはあのつるつると光る禿頭である。きゃっと叫び声を上げそうになったがそこはこらえた。ただ踵を返して走って逃げた。「牡に生まれながらなんてぇざまだ」と、「吾輩」君からその噂をたびたび聞かされていた「俥屋の黒」君などは嘲笑うやも知れぬが、気味が悪いのだから致し方あるまい。身を低くして足の長い飯台の下で身を低くして隠れて様子を窺っていると、男は老母と大声で笑った。

 「なんだ、お前はこの頭が怖かったのか。だからいつも逃げまわっていたのだな。は、は、は」

 珍奇きわまりないものをいきなり見せつけておきながら、なんだとはなんだ。とは思うものの、吾輩は人間の如く言葉を発して抗議する術を知らぬ。こんな時は努めて平静を装い、香箱などを組んで知らん顔を決め込むより他はないのである。