鼠穴
起業 in 江戸
とある江戸の商家。店の主人は田舎の出身。父親から譲り受けた財産分けの田んぼや畑を金に替え、江戸へ出て一旗揚げた男です。弟の竹次郎も財産を分けてもらい、田舎に残ってそのまま畑を耕していました。ところが悪い友だちに誘われて茶屋酒を飲むようになる。女遊びにうつつを抜かし、放蕩の果てに田地田畑そっくり取られ、にっちもさっちもいかなくなりました。
そこで竹次郎は、助けを求めて江戸にある兄の店を訪れます。一からやり直したい。ついては何とか兄のところで奉公させてもらいたい。実の弟と思えば使いにくかろうが、一奉公人としてどんなことでも言うことを聞くからと懇願します。
弟の若気の至りを責めるでもなく、事情はよく呑み込んだと応じた兄。使い果たした金も、心がけ次第では決して無駄にはならないからと励まします。ところが竹次郎を奉公人として使うことには首を縦に振りません。
仮に奉公先で自分の才覚で百両の大金を儲けたとしても、それを主人に届けたらただ「ご苦労さん』と言われるだけ。その中から二、三両でもくれたら儲けもの。たとえ一文ももらえなくても文句は言えない。つまらないからやめておけ、それより自分で商売を始めよと言います。儲けはみんな自分のものだし、儲けが出なくても今度こそはと奮起できるのが商売だから、ぜひそうせよと。
とはいえ、着の身着のままで兄を訪ねた竹次郎、商売の元手などありません。元手がなければ商売にならないのはもっともだと、兄はいくらか包んで竹次郎に手渡します。
「無くさないようにな。大事に使えよ」
頭をこすりつけるように礼を言い、竹次郎は店を後にします。
地べたを掘っても・・・
竹次郎がまだ田舎にいた頃、村の仲間が江戸見物に出かけたついでに、竹次郎の兄を訪ねたことがありました。そのときの兄のことを村の仲間たちは、せっかく訪ねたのに茶の一杯も出さなかったと非難したというくだりがあります。その非難を竹次郎がどう受け止めたかは噺の中には明確には表現されていませんが、元来人の良さそうな竹次郎ですから、おそらく兄に代わって「いやぁそれはすまねぇこって・・・」とでも言ったに違いありません。
ここからは想像ですが、村の仲間たちは、竹次郎の兄を訪れたとき、もうすっかり田舎者の様子が抜けていっぱしの江戸の商人に変わってしまった兄の都会的な雰囲気を妬ましく思ったのではないでしょうか。「茶の一杯も出さなかった」というのは、いわば「伝言ゲーム」のようなもので、話に尾ひれがついただけではないかと私は考えています。村の仲間は、「こんなに立派な商人におなりなさったんだから、おみやげ代わりに少しばかり金を恵んでくれ」とせびるようなことの一つも言ったのかもしれない。田舎にいたときにはさほど付き合いが深かったわけでもなく、何の義理もない相手から突然そんなことを言われてサラリと受け流したのを、村の仲間は「ふん、少々金持ちになったからって気取りやがって」とでも感じたように思えてなりません。
だとすれば、噺の中での兄の言葉遣いは、田舎の言葉を残したままではなく、すっかり江戸弁に変わってしまったか、あるいはそれに近い口調に変わっていたという設定にするほうが、人が変わってしまったという様子を表す上でふさわしいように思います。兄の言葉遣いを田舎言葉のままにして演じるケースが多いのですが、立川談志の演じ方ではほぼ江戸の言葉でした。大いにしっくり来ました。
そんな村人たちからの噂は耳にしていたものの、いざとなればやはり実の弟である自分にとってはやさしい兄だと、竹次郎は胸の中で手を合わせます。ところが、包みを開いてみると、中に入っていたのはたったの3文、つまり100円足らずです。「五貫裁き」で、八五郎が徳力屋に奉加帳を持っていったときに出すと言われたのも3文。まったく同じ金額です。
八五郎も竹次郎も、「バカにしやがって!」と憤りますが、その後の反応が違いました。八五郎は大家さんに知恵をつけられて、わかりやすく「強欲な金持ち=悪い奴」とレッテルを貼られた格好の徳力屋をとっちめました。さらに大岡裁きの後ろ盾までつけて正当化を図っている。立川談志と志の輔が、「結局誰一人幸せになった者はいなかったとさ」で噺を終わらせたのは、生来の怠け性である八五郎も小賢しい大家も、過度に強欲な徳力屋に劣らず鼻つまみ者だろうと突き放しているように感じました。その点で小気味よく思えました。
一方竹次郎は、バカにされたという考えをすぐに改めます。
「地べたを掘ったって3文の銭すら出てくるもんじゃねぇ。それならこの3文だって大切な銭だ。兄貴がそのつもりなら、おらこの3文でなんとか商売を始めてやるだ!」
成功する根拠も何もない状況から、肚を決めるこの瞬間が好きです。

