「絶望読書」(頭木弘樹) 人はどんな「物語」を紡ぎ出すべきか

 ショッキングなタイトルである。読書という行為は読者を絶望にいざなうものだという主旨かと思いきやさにあらず。書物がいかに絶望する人に寄り添い、その絶望を共有し癒やすものであるかを、自らの体験を交えて静かに語る一冊だった。

 深い悲しみの長く続く期間を経て、それを乗り越えた者がその後に得た心の平静、穏やかさを感じる文章である。多くの書物に触れ、身の回りをよく観察し、それらをいかに捉えたかを言葉で綴り合わせる能力に長けた人の文章であり、思わず膝を打つ箇所がいくつもある。

 著者は「絶望したときにこそ本を読め」と勧める。絶望というほどのことではなくとも、何らかの失敗や苦難に悩むときに本が必要だということである。その勧めを証明するに先立ち、「はじめに」と「第一部」で絶望とは何かを定義し、絶望から立ち直るプロセスを示している。「第二部」では、絶望のときに応じたいくつもの「物語」(書物、落語、映画、ドラマ)のサンプルを紹介している。

 その主張の要旨を私はこう捉えた。絶望は観念的なこと、心理的なことであるがゆえに、頭や心で解決するしかない。そのためには、泥縄ではなく備えのための読書によって「物語」に触れることが必要である、と。では、物語とは何か。

目次―――――――――――――――
・物語は現実の一部の縮小コピー
・「固定化された物語」にとどまるな
・転機に見出す新たな物語
・絶望の本が必要な理由
・「同質効果」と「異質への転導」
・読書と音楽
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物語は現実の一部の縮小コピー

 第一章に、こんなエピソードが載っている。

 知能指数が60を下回る19歳の女性がいた。近所でも道に迷い、鍵でドアを開けられず、左右の区別や洋服の表裏、前後も判断できず、不器用でいつもおどおどしている。ところがある日、天気の良い春の日にベンチに腰掛けている彼女の様子を見ると、不器用でおどおどした様子は全くなく、その表情はきわめて穏やかで微笑みさえたたえた美しい乙女そのものだった。

 彼女は元々物語が好きで、物語の持つ構成や調和を好んでいたという。自分自身を物語的な方法でまとめられる状態にあれば、彼女は「無傷で安全」である。彼女は世の中のことをよく理解できないからおどおどし、不器用になる。ところが、現実の縮小コピーたる物語の力を借りれば、自らの有りようを統一的に把握することができたというのである。

 彼女のような特殊な場合だけではなく、誰もが多くの物語に触れておくべきだと筆者はさらに主張する。現実に遭遇する困難や想定外の出来事を把握しそれに対処することは難しくとも、そのような出来事の一側面を噛み砕いた物語だと理解しやすい。物語(フィクション、ノンフィクションを問わず)は現実の一つの象徴であり、言葉を用いて思考する人間にとって不可欠な栄養である。

「固定化された物語」にとどまるな

 現実を生きようとすれば、他者からの影響によって(あるいは自発的に)一つの物語を紡ぎ出すことを余儀なくされる。その物語とは、多くの人の心に植え付けられる自身の人生の捉え方である。ここでいう物語の一例が、Daniel Quinn著 “Ishmael” ではこのような台詞で示されている。

 “Get a job, make some money, work till you’re sixty, then move to Florida and die.”
「働いて、いくらか金を稼いで、60歳まで働いて、フロリダで隠居して死ぬだけさ」

 このような物語の元に生きているのだと普段から意識している人はほとんどいないだろう。あくまでも現実そのものを生きているのだと考えて、日々の生活を送っている。そんなとき、急な病気や思わぬトラブルに見舞われたために物語の筋書きを変更せざるを得なくなり、思わずこう叫びたくなることがある。

 「こんなのは自分の人生ではない」

 しかし、人生はあらかじめ自分の書いたシナリオ通りには運ばない。いくら叫ぼうと、物語の書き換え(進むべき道の変更)が必要なことは事実である。速やかに新たな物語を構築しなければならない。その苦難に寄り添い、ときにヒントを与え、背中を押すものこそが物語すなわち書物である。謙虚な内省とともに新たな物語を構築しなければ、単なる無謀なごり押しに陥りかねない。思いつきで方針(物語)を打ち出し、一度こうだと言ったらてこでも動かない頑迷な経営者が、自ら標榜するその物語に固執するあまり、周囲を振り回しながらさらに混乱を招き事態を悪化させただけだった、というのはよくある一例で、私の実体験からも大いに心当たりがある。

鼠穴・・・資本金を2年で13,333倍にした男?!

 コロナウイルスの蔓延に端を発して、世界のあちこちで緊急事態宣言が出されました。それに伴い、健康のこと以外に大いに心配されるのが経済の停滞です。お金のことで汲々とするのはいいのか悪いのかとよく問われますが、お金がなければ暮らしていけないのは事実です。お金が世の中にも自分のところにも回ってこないのは不安ですし、誰もが避けて通れない話題です。

 収入を得る手段としての仕事すなわち働き方のオプションも取り沙汰されています。企業に雇用される働き方が大半の中、勤務形態や残業の扱いのほか、リモートワークの推進についても徐々に検討が始まっています。一方、雇用を離れて自ら起業するという選択肢もますます注目されています。いかに働き、いかに収入を確保し、満足に暮らせるようにするかという問題が、幅広い視野で根本から問われ直しています。

 「鼠穴」は、一面には、働き方(雇用か自営か)そのものと、お金を稼いで生きていくことに関する捉え方について江戸を舞台に描いたもので、「五貫裁き」とは正反対の特徴を持つ噺です。私自身の解釈を交えながら、筋を追うことにいたします。お楽しみください。

・噺の予備知識――――――――――――――
  夢は五臓の疲れ
  江戸の貨幣制度
  さんだらぼっち
  さし

・噺の流れ
  起業 in 江戸
  地べたを掘っても・・・
  資本金を2年で13,333倍にした男!
  わだかまりが解けて
  最悪の事態
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噺の予備知識

 内容理解のために、前もって知っておくと便利なことがらを4つ紹介します。

 夢は五臓の疲れ(煩い)

 夢を見るのは、五臓の疲れが原因だということわざ。 五臓とは、心臓・肺臓・腎臓・肝臓・脾臓の五つ。心身ともに極度の疲労が蓄積すると、五臓のいずれかあるいはすべてに至るまで疲れ果ててしまい、その結果として夜眠っているときに夢を見るのだとする考え方が、はるか昔の日本にはあったようです。

 江戸の貨幣制度

 江戸時代は260年以上続いたため、関ケ原の直後と幕末とでは貨幣価値も大きく変わったはずです。したがって、現在の貨幣価値との直接比較はしにくいのですが、あくまでも感覚的にこの程度という概算をしてみます。

 まずはこの図をごらんください。

 1両=4分=16朱で、1分=1貫=1,000文です。文という単位のイメージを掴むため、「時そば」に出てくる夜鷹そばを考えると、1杯16文です。現代でいう立ち食いそばに近いでしょう。安いものだと1杯300円前後ですが、高いところでは1杯800円かあるいはそれ以上の場合もあります。中を取ってワンコインの500円前後と考え、計算しやすいように仮に16文=480円とします。

 すると
 1文=30円
 1000文=1貫=1分=30,000円
 1両=4分=120,000円
 
 よって
 10両=1,200,000円
 1000両=120,000,000円

 すなわち一つの千両箱には1億円以上が入っているイメージです。

 さんだらぼっち(桟俵=さんだわら)

 藁を編んで大きなシート状にしたものを丸めて筒状にしたのが米俵です。シートを丸めて筒の上下を折り畳んだだけでは口が開いた状態ですので、そこを蓋でふさいで縄で縛っておくことが必要です。そのときに使う蓋のことを桟俵といい、その俗称がさんだらぼっちです。丸い座布団のような形をしたもので、上下の蓋の両側をふさぎます。

 さし

 江戸の商家では、物を売り買いするときに小銭が山のように溜まりました。日常の買い物で多く使われた穴開き銭を、たとえば100文ずつひとまとめにしておけば便利です。そのときに使われたのが「さし」で、1本の藁をよく揉んで柔らかくして、それを縒ったものを紐として使いました。ごく安価なものですが、商家にとっては必需品だったといいます。

「辞書」カテゴリー2作 「舟を編む」「辞書を編む」

ポストの流れ―――――――――

・言葉の辞書との関わり
・「舟を編む」
・「辞書を編む」
・碩学への畏敬の念
・たった一言で変わる反応
・家族も巻き込んで
・語の選定と語釈執筆の基準
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言葉と辞書との関わり

 つい先日まで、ある米国の酪農関連雑誌の日本語版発行に伴う翻訳の仕事に携わっていました。言葉を扱う仕事ゆえ、細かい単語一つまで大いに気を遣います。原文の英語を正しく読みこなすこと以上に、訳文が日本語として不正確、不自然にならず、どんな読者でも違和感なく理解可能な文にすることを最大限心がける必要があります。したがって、常に丁寧に辞書を引いて確認することが欠かせません。

 言葉と深く関わってきた私と辞書との間には切っても切れないつながりがあり、高い関心も持っています。そこで今回は、辞書を題材とした作品を2作取り上げます。

「舟を編む」

 まず、三浦しをん著舟を編む 」です。出版社での辞書編纂を媒介にした人間ドラマで、映画化もされましたのでよくご存じの方も多いと思います。

 作品の中で、長年にわたって編纂作業の行われた「大渡海」という国語辞書の名称には、「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という意味を込めたとされていることからも、どちらかというと叙情的、情緒的な印象を強く感じます。

 映画では、辞書編集部のメンバーの中で特に言葉に対する感性が強く、辞書作りへの資質が高かったのは主人公の馬締光也(マジメ君=松田龍平)でした。後に宣伝部に配置替えされた西岡(オダギリジョー)とファッション誌編集部から配属された岸辺みどり(黒木華)は、辞書作りのことを、地味で面倒極まりない作業と捉えていました。

 ところがその二人も、新たに与えられた環境で次第に熱意を持ってそれぞれの仕事に取り組むようになりました。西岡は元来の対人スキルの高さを活かせる環境に移ったので納得しやすいのですが、みどりの変貌に至る経緯については、映画では微かな違和感を感じるおそれもあると思いました。

 一方、原作ではそこに至るまでの事情も緻密に描かれており、辞書作りへの姿勢が徐々に変わっていった様子が伺えます。ある時、みどりとマジメ君との間で「愛」という言葉の語釈に関する見解の相違が生じました。みどりはマジメ君と堂々と渡り合い、その解釈はおかしいと『勝ち誇り、胸を張った』『馬締の言葉をさえぎって断定した』とあることから、まさにこれから掲載されようとする語に対して、自ら積極的に関わっていこう、責任を持って関与しようとしている様子が垣間見えます。

 このような成長の喜びをはじめ、うまく事が運ばない怒りや哀しみ、泊まり込みで取り組んだ校正のやり直し作業が無事に終わったときの達成感など、人間の持つ喜怒哀楽がスマートに織り込まれた、一つの「人情噺」とも言えます。

 編集主幹の松本先生(映画では加藤剛)が大渡海の完成を見ずに他界してしまう残念な場面もあるものの、作品の最後には、再び前を向いて歩いていきたくなるような、穏やかで満ち足りたような気持ちが残ります。

 映画版に話を戻すと、私にとって特に印象深かったシーンは、マジメ君が下宿していた「早雲荘」の様子です。マジメ君以外は誰も下宿人がおらず、家主のタケおばあさんの好意で、いくつもある部屋や廊下を書庫として好きに使わせてもらっていました。「文字を追っていないと死んじゃうよ〜」というほどの本好きな私にとっては、実に羨ましい限りです。余談ですが、Twitterで、ある方が「図書館に住みたい」とおっしゃっていました。その方にとっても、きっとマジメ君の書庫は垂涎の的だと思います。

 また、印象的なセリフもタケおばあさんのものでした。いわく、

「他の人の気持ちがわからないなんて当たり前じゃないか・・・(中略)・・・辞書作りっていうのは、言葉を使う仕事だろ。だったらその言葉、使わなきゃ!」

 言葉を使う。こうしてキーボードを叩いている瞬間にも、深く沁み入ります。


辞書を編む

わからないから伝えたい、辞書作りを知ってほしいという願い

 「舟を編む」の著者三浦しをんがこの本の帯に推薦文を寄せていて、この作品のことを、殺人事件ならぬ「辞書の誕生事件」と表現しています。

 著者は飯間浩明という日本語学研究者すなわち学者です。研究活動の中心が辞書の「編纂」で、三省堂国語辞典の「編集」委員です。編纂と編集にそれぞれカッコを付したのには理由があります。

 著者はこの本の「はじめに」の部分で、編纂と編集を別物として区別しています。編纂とは、材料(言葉)を集めて辞書の原稿を書くこと、編集とは、その原稿をまとめて書物の形にすることです。著者はあくまでも編纂者なのですが、「纂」の字が常用漢字ではないため「編集委員」を名乗らざるを得ないそうです。

 このようなことについて、著者が講演などで説明しようとすると、聴衆はわかったようなわからないような顔をすると言います。講演の本題に入る前に自己紹介として自分の仕事について簡単に説明しようとしても、短い時間ではうまく説明しきれないというのです。

 幸い私は翻訳者としての経験上、これらの二つの言葉の違いをイメージできます。翻訳やその後の校正・校閲は、雑誌に載せる記事の原稿そのものを作ることですから「編纂」に近い。一方、出来上がった原稿をページの順番に並べ替えたり、文字数を足したり削ったりしながら配置する作業(「台割り」といいます)やコンピューター画面上での整頓は「編集」に近い作業です。

 ところが、編纂にも編集にも携わったことのない一般の人によく理解してもらうことは、短時間では難しいと著者は言います。そこで、根本の用語の定義から始めて丁寧に解説したいという願いからこの本を書いたそうです。

 「舟を編む」の雰囲気からも推し量れるように、辞書を作るのは一見地味で目立たない仕事のように思われがちです。しかし実際にはとてもエキサイティングで刺激や魅力のある面白い仕事だということを力説しています。自分の仕事に誇りを持ち、愛している何よりの証拠です。

 それらのテクニカルなことを軸に、自分の仕事のことを終始一貫大真面目に説明していますが、言葉が平易でわかりやすく、言葉の選び方・定義・使いどころにも十分に気を配っているのでとても読みやすい本です。

碩学への畏敬の念

 辞書作りにおけるメインの作業は、用例採集と語釈執筆です。用例採集は、作ろうとしている辞書に最終的に掲載されるか否かはともかく、目にしたり耳にしたりした言葉を片っ端から集めることです。テレビやラジオ、新聞、雑誌、町の看板、人と人との会話に至るまで、毎日常にアンテナを張って、新たに知った言葉をひたすら集めます。

 この用例採集との関連で著者は、自らが国語辞典、特に三省堂国語辞典(略して三国)を作ることに興味を持ったきっかけを述べています。三国第1版から編纂に携わった日本語学の碩学・見坊豪紀(けんぼうひでとし)に畏敬の念を持ったのが始まりだそうです。見坊が三国の編纂に携わるようになって以来、実質30年ほどの間に、なんと145万語を採集したそうです。年間4,000語、すなわち毎日130語以上を集め続けたといいますから、まさに超人的です。

 超人的な人やものに憧れや尊敬の念を抱くことはよくありますが、その人の元へ行こう、門を叩こうと心に決める人は多くはないでしょう。著者はきっと、言葉への関心だけではなく、この驚くべき日本語学者、見坊を慕う心がよほど強かったのでしょう。

 用例採集された言葉は後に選別され、一般的な辞書にはなかなか載っていないものであっても、広く浸透しているものと判断すれば掲載されることがあります。とはいえ、せっかく集めてきた言葉もすべては掲載できませんので、大部分を泣く泣く外さねばなりません。その意味で辞書作りは、足し算ではなく引き算の作業ともいえます。

たった一言で変わる反応

 この本では、採集に伴う興味深いエピソードがいくつも記されています。商店街を歩いていて、面白い言葉を見つけると、それが書かれている看板をカメラで撮影することがあるそうです

 ある時「ガチャぽん」という言葉が目に飛び込んできました。それを撮影しようとすると店の人が慌てて飛び出してきて、撮影はご遠慮くださいと言う。「実はかくかくしかじかで研究をしておりまして」と言うと、「研究?何の研究ですか?」と、いぶかしそうな表情を崩さない。そこで著者はまた困り果ててしまう。何しろ冒頭に書かれていた通り、自分の仕事を短時間で説明しきれないのですから。

 そこで名刺を取り出して渡すと、「三省堂国語辞典 編集委員」と肩書が書いてある。受け取った店の人はそれでもまだわかったようなわからないような顔をしている。この部分を読んで思い当たりました。「あぁ、『舟を編む』で書店に営業に出かけたときのマジメ君みたいだな」

 また別の機会には、あるタレントショップで、同じく看板に書かれた「オフィシャルショップ」という文字を撮影しようとすると、そこでも撮影はご遠慮くださいと言われた。そこで今度は研究とは言わず、「調査をしてるんです」と言ったら、にこやかな顔で「あぁそうですか、どうぞどうぞ」と言う。研究と調査。たった一言で反応が正反対になることがあるというこの実例を、興味深く読みました。

家族も巻き込んで

 他にも、「ヘップサンダル」の語釈を書くときのエピソードもありました。ヘップサンダルとはどういうものかを知らなかったものの、店先に並んだ品物を見ると、カジュアルなスリッパのようなものらしいということまではわかった。ところが語釈を書くとなるとその語源も気になる。調べているうちに、映画「ローマの休日」でオードリー・ヘップバーンが履いていたことに由来するという一説に行き当たった。そこで「ローマの休日」をレンタルしてきて、ファッションに詳しい著者の奥さんと一緒に終始ヘップバーンの足元ばかり追ってみたものの、それらしいものを履いているシーンはなかった。そこでさらに詳しく調べて見ると、ヘップバーンが実際に履いていたわけではなくて、それを最初に作ったメーカーが、彼女のイメージに合わせて開発したのが始まりだとわかったと言います。

 サンダル一つをここまで徹底的に調べて正確を期すのは、語釈執筆に先んじて自ら校閲をしているようなもので、責任感や仕事への誇りだけにとどまらず、まさに執念の為せる業と言えるでしょう。

語の選定と語釈執筆の基準

 掲載される語の選定基準は二つで、いずれも「かがみ」の語で表現しています。

 1. 規範主義・・・新聞・文学に出てくる語中心(「こうあるべき」「本来はこうである」という模範的な言葉)=鑑
 2. 実例主義・・・現実世界(町の中など)で目にし、広く定着している言葉=鏡(世の中を映し出したもの)

 「舟を編む」で松本先生は「大渡海」の編集方針として、時代を映す「今を生きる」辞書にすることを挙げていました。つまり、一方で規範主義を重視しつつ、実例主義も疎かにしない「鏡」としての辞書を目指していたと考えられます。

 三国は、広辞苑や「大渡海」のような二十数万語規模の辞書とは違い、収録語数が八万語あまりで、想定される利用者を中学生以上に設定しているため、必要最低限にして十分なボリュームに抑えなければなりません。したがって、中学生が読んでも大意をつかむことができ、しかも簡潔で短い語釈でなければ紙幅が足りなくなります。

 その困難さを示すのに、「中間子」の語釈を例に上げています。広辞苑で「中間子」の語釈を執筆したのはノーベル賞受賞者湯川秀樹の後輩にあたる学者と考えられるそうです。7〜8行を費やして、原子核、ベータ崩壊、レプトン、光子、転化、ハドロンなど、極めて専門的な言葉がずらりと並ぶ。専門知識を持たない者には要するに何のことだか見当がつかない。

 そこで三国では、「つまりこのようなもの」という大まかなイメージがつかみやすく、ギリギリの本質的な部分だけは外さない語釈を目指しています。

 「中間子」=「素粒子の一つ。陽子と電子との中間の質量(電子の約200倍)をもつ。メソン。

 たったこれだけです。

 これほどの記述を追求できるのは、徹底して読者本位の姿勢を保っているからでしょう。このように、「あくまでわかりやすく」という原則を定めて、それを守り抜いて辞書作りに当たる人たちこそ、真の職人と呼ぶにふさわしいと言えます。

 現代は、「しょせん言葉は道具だから、変わっていくものだから」と安易にうそぶいて、「規範主義」を一顧だにせぬ風潮が広がり、自分の意図にできるだけ近い言葉を相手に届けようとする心づくしが姿を消しつつあるように思えます。

 言葉の定義を調べるという目的のためだけではなく、ときにはじっくりと眺めて、一つ一つの語釈に潜む辞書編纂者の苦闘の跡と、そこに込められた配慮を追ってみるのもきっと興味深いことと思います。

五貫裁き(一文惜しみの百両損)

 俗に言う「大岡裁き」の一つで,故・立川談志とその弟子である立川志の輔の噺を元にして,読み物にまとめました。古くから日本人に親しまれた,勧善懲悪や義理人情に厚い名裁きのエピソードとされるものを落語として脚色した噺です。

 「大家と言えば親も同然,店子といえば子も同然」と言われるほど,人と人との付き合いの濃密だった時代背景が想定されていますが,少しばかり濃厚過ぎる大家と店子の間柄と,それが巻き起こす騒動が楽しい噺です。

 この噺を聞いていると,貧しい者が金持ちに対して妬む感情は,昔も今も根っこのところでは大きく変わっていないように感じられます。とはいえ,人より金を持っているというだけで自ずと悪者側に追いやられ,金がある=強欲という具合に短絡的に結びつけるのはいかがなものか。この噺に出てくる持たざる者の側(八五郎と大家)が,持てる者(徳力屋万右衛門)に対して投げかける理屈も,何となく聞き流していればもっともらしいことを言っているようでも,やはりどこかにいびつなところがある。談志・志の輔の両者とも,そのいびつさも噺の中に忍ばせながら丁寧に解釈し,巧みに表現しています。

噺の流れーーーーーーーーーーーー

・クラウドファンディング in 江戸
・大家さんの知恵
・お白州にて
・お裁きは済んだものの
・さらなる騒動
・口は災いの元
・溜飲を下げる八五郎

・噺の結末いろいろ
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五貫裁き

クラウドファンディング in 江戸

 賭場の使いっ走りのような,まともとは言えない仕事をして食いつないでいた八五郎という男。懐はいつも火の車。方々に借金もこしらえてにっちもさっちもいかないとは言え,いい歳をしていつまでもこんなことをしちゃいられない。それを見かねた大家さんの世話でどうやら最悪の窮地だけは逃れました。放蕩を尽くしたさすがの八五郎も今度ばかりはほとほと懲りたと見えて,了見を入れ替えて商売を始めようと,世話になった大家さんのところへ挨拶に出かけました。

「大家さん,この度はどうもいろいろとご迷惑をかけまして。やっとあっしも目が醒めましたよ」
「ばかやろう。だから言わないこっちゃねぇ。今までお前には目の醒めるように何遍も意見をしてきた。それを右から左へ筒抜けにしていやがるからこんな目に遭ったんだぞ。まぁいいや,目が醒めたってぇんならけっこうなことだ。で,何だぃ,小耳に挟んだんだが,八百屋を始めようてぇのは本当かぃ」
「へぇ,八百屋を始めまして,世間様のために立ち働こうと思います」
「何を生意気なことを抜かしやがる。世間様がどうこうの前にてめぇだけ一所懸命やれ。一所懸命やってるってぇと,世間がお前のことを見るんだ。お前が世間のことを見るんじゃねぇんだぞ。世間がお前の様子を見てだんだんあったかくなってくるんだよ。それはそうと,お前が八百屋をやるってぇことについちゃあたしも元手のいくらかでも出してやりたいと思うんだがな,金があったらこっちがもらいたいくらいのもんだ。それで頭働かしてな,ここに帳面を一冊こしらえた。奉加帳だ。こいつを持って町内を回って,寄付を集めるってぇやつだ。これを持って町内を一回り回ってこい」
「へぇそうっすか。で,どこへ行きゃぁいいんです」
「そりゃぁおめぇ,まずは金持ちんところだろう。こいつを持っていって,初筆にドーンと大きな金額が書いてありゃぁ,これだけのものを出されたんじゃぁこっちも考えなきゃなぁってなことになるだろ。少なく書かれてしまうと,ここがこれだけしか出してねぇんならうちもこの程度でいいやってなことになっちまう。おめぇの知ってる町内の金持ちはどこだぃ」
「あっしに金持ちの知り合いなんざいやしませんよ」
「一人もいねぇのかぃ。それだからあたしゃ普段から言ってたろ,三者に交われって」
「何ですサンジャってぇのは」
「学者,知者,福者の三つを合わせて三者てぇんだよ。人間は学問がなくちゃぁいけない,それを活かす知恵がなくちゃいけない,ところが学問があろうと知恵があろうといざというときには金がなくちゃいけない,それを学者,知者,福者てぇんだよ」
「へぇそうですか。あっしの周りにはねぇ,亡者みたいなのしかいませんよ」
「くだらねぇこと言ってねぇで,とにかくそれ持って町内回ってこい」

大家さんの知恵

「婆さん,茶を入れとくれ。まぁやっと八五郎の奴も心を入れ替えた。けっこうなこった。根はいい奴なんだよ。さっぱりしてるし気も利くしいい男なんだが,人間なんてぇものは付き合ってる連中が悪いってぇと何かのはずみで道を踏み外すこともあるもんだ。でもまぁ良かったじゃねぇか,八百屋始めるなんざ・・・と,おっ,八五郎の奴が戻ってきやがったよ。おぃ,どうしたんだぃ,頭から血なんか出しやがって」
「うわぁぁ,大家さん!大家さんがいけねぇんだよ,金持ちのところへ行けってぇから徳力屋に飛んでったらさぁ・・・」
「バカかお前,徳力屋ってあの質屋の徳力屋万右衛門だろ。よりによってあんなところへ行くなんて何を考えてやがる。いいか,後ろ指を指す奴はいたって褒める奴なんざ一人もいやしねぇのが徳力屋だ。金の亡者だ。義理もなけりゃ人情もねぇ,何だってあんなところへ行きやがったんだ」
「何でったってさぁ,まず金持ちんところへ行けって言われたのもそうだけどさ,あそこは昔,店が潰れそうになったときにうちの親父が間に入って何とか丸く収めたってことがあるし,よもやその恩も忘れちゃいねぇだろうからと思って行ったよ。そしたら番頭の作兵衛って奴が出てきて『そういうことならお付き合いをいたしましょう』ってんで書いてくれたのはいいけどさぁ,腹が立つじゃねぇか。三文って書きやがった」
「たったの三文か!」
「ふざけやがってと思ってると,奥から主の万右衛門が出てきて『これはこれは失礼をいたしました。あたくしがお付き合いをいたしましょう』ってんで『一』と横棒を引っ張ったもんだから,しめた,一両だ!と思ったら・・・文だよ・・・」
「ふざけやがって,一文なんざよこしやがってこちとらガキじゃねぇやってんで,その一文を掴んで投げつけてやったら,奥から若いのが四,五人出てきやがって表へ放り出された上に,万右衛門が持ってた煙管で額ひっぱたかれたんだよ。大家さんよぉ,どうしてくれるんだよぉ・・・」
「あぁそうかぃ。わかったわかった。おぃ婆さん,顔洗わしてやってな,血止めか何か塗ってやれ・・・そうか,そんなことがあったか。一文出されて腹立ててたら,煙管の雁首で額をぶたれて,そんな傷ができたと。ふふふ,面白ぇなぁ」
「面白かぁねぇや!痛ぇよ!」
「いやいやそうじゃないんだ。これから面白くなるってぇんだよ。よしよし,お前がいまここでブツクサ言ってる間にな,ここに願書を書いてやったから,これを持って奉行所に駆け込め。今月はたしか大岡様の番だぞ。駆け込み願いったってなぁ,一遍行ったくらいじゃどうにもならねぇ。何を言われたって通うんだぞ。『お願いでございます』『ならぬ』『お願いでございます』『ならぬ』これを何度も繰り返すうちに,必ずお取り上げになる。そうすると,必ず面白いことになるから」

お白州にて

 大家さんに書いてもらった願書を懐に,南町奉行所へ駆け込む八五郎。
「お願いでございます」
「ならぬ」
「お願いでございます」
「ならぬ」
 と何度か続けているうちにお取り上げになりました。願書が巡り巡って大岡様の元へ届き,配下の者にあれこれ指示を出して調べを進めたのちにお白州でございます。白い砂利を敷いたところへ関係者一同が居並びまして,一段高いところに役人がいて,奥のふすまが開くといよいよ大岡様のご出座。

「神田三河町,太郎兵衛店八五郎面を上げぃ。その方,願書のおもむきによると,過日同町内徳力屋万右衛門により面体(めんてい)を打擲(ちょうちゃく)されしとの儀である。さよう相違ないか」
「間違いございません。この傷が何よりの証拠でございます」
「ふむ・・・しばし控えておれ。同町内徳力屋万右衛門面を上げぃ。そのほういかなればこそかような振る舞いに及んだ。有り体に申せ」
「申し上げます。十日ほど前のことでございます。ここにおります八五郎なる者が手前の店にやってまいりまして,八百屋を始めるから寄付をしてくれと申しました。それはそれはというので,あたくしは一文を差し出しました。すると一体何を思いましたものか,やにわにその一文を手前のほうに投げつけまして,飛びかかってまいりました。そのときあたくしがたまたま吸っておりました煙管の雁首のところへ額を持ってまいりました。打ち下ろしただの打擲だのとんでもないことでございます。粗忽者のいわば自業自得,情けないことでございます」
「さようか,控えておれ。八五郎,万右衛門が申したことに嘘偽りはないか」
「嘘でございます,お奉行さま。いくらそそっかしいからって,自分のほうから煙管に頭を持っていくなんて,そんな奴はいませんよ。徳力屋の言うことは嘘ですよ」
「ほぉ,嘘か。一文を投げつけたるも嘘か」
「・・・それは本当でございます。お奉行さま,一文でございますよ,子どもだって喜びやしませんよ。そんなものをうやうやしく出しますから腹が立ちますんで,ピシーッと投げつけてやったんでございます」
「黙れ黙れ!天下の通用を何と心得ておる。その昔,青砥藤綱という武士は,滑川に三文を落とし,大勢の人足を使い莫大な費用をかけてまで拾わせしと申す。かように大切なる天下通用を疎かにせしその方の罪軽からず。よってその方に,金五貫文の科料を申し付ける。相わかったのぅ」
「・・・へへぇ。(大家さんに耳打ち)大家さん,これ,面白いかぃ。こっちから訴えて出て五貫文って。いったいいくらだぃそれ。五千文!おぃおぃ大家さんよぉ!」
「いいから黙って聞いてろ」
「さりながら貧しきその方ゆえ一時に五貫文は無理というもの。よって,上格別の情けをもって日に一文ずつの日掛けを許す。相わかったな。その方妻子はおるか」
「いいえ,いません,独りもんでございます」
「うむ,ならば毎日の奉行所通いは大儀であろう。よって,毎日同町内徳力屋に一文持参をいたせ。万右衛門,八五郎に成り代わり奉行所へ届け出よ。このことにつき,家主太郎兵衛,立会人見届けを申し付ける。相わかったのぅ。一同,立ちませぃ!」

お裁きは済んだものの

「どうでございましたお裁きは,徳力屋さん」
「ハハハ,まったくねぇ,バカは隣の火事よりも怖いってのは本当だね。何をしでかすかわかったもんじゃない。自分で訴えたくせに五貫文の科料を食ってるんだから。ほら,ごらんなさい,来ましたよバカが。こっちへ来いバカ。毎日一文ずつ持ってくるんだぞ。一日も欠かしちゃいけないんだぞ。わかったかバカ」
「ちくしょう・・・大家さん,あいつ殴ってやろうか!」
「いいんだいいんだ,気にするな。ああいうのは放っておきゃいいんだよ。それよりお前,家へ帰って寝ろ。どこへも出かけるんじゃねぇぞ」
「出かけるったって銭が一銭もねぇんだから・・・」

 家へ帰った八公,すぐにふて寝をしてしまいますが,夜明け前に家の戸を叩く音がする。
「八公,起きろ。おぃ,起きろ!」
「何ですかこんな時分に・・・」
「ほら,一文持ってきた。これ持って,徳力屋へ行ってこい」
「行って来いったって,まだ夜も開けてないじゃないすか。むこうだって寝てますよ」
「寝ていようが何だろうが知ったこっちゃないよ。いいからすぐに行ってこい」
「嫌ですよ」
「行け」
「嫌ですって」
「いいから行け!」
「わかりましたよぉ・・・。大家さんは一遍言い出したら聞かないんだよなぁ。行ってくりゃぁいいんでしょ」
「行ったら受け取りもらってこいよ。ちょっとした書き付けみたいなもんじゃだめだぞ。きちんと半紙に『受け取りました』と書いてもらってな,判ももらってこい」
「半紙にって・・・半紙一枚一文じゃ買えねぇよ」
「いいよそんなことは,こっちで出すわけじゃないんだから。お奉行さまにちゃんと届けなきゃならないからって,渡したら受け取りをもらってくる,いいな。早く行ってこい!」
「わっかりましたよぉ・・・」

 徳力屋に着くと,
「やっぱり寝てるよ。そりゃそうだ,起きてるわけねぇよな。でもまぁ,しゃぁない。(ドンドンドン)おはようございます!(ドンドンドン)徳力屋さん!(ドンドンドン)八公でございます。お奉行所へ持っていく一文持ってまいりました」
「おぃおぃ大きな声を出すんじゃないよ,野中の一軒家じゃないんだから。まだ夜も明けてないじゃないか・・・わかったよ,はぃはぃもらうよ。ご苦労さん」
「あの,受け取りをくださいよ。きちんと半紙に,判も押して」
「半紙に受け取り,判も押せって・・・一文ばかりで面倒なことを言うなよまったく・・・わかったよ,ほら書いてやったからこれ持ってさっさと帰りな。明日っからはもっと遅くに来るんだぞ」
「何だ何だ,騒々しいな」
「これはこれは旦那さま,おはようございます。たった今,八五郎がお奉行さまに届ける一文を持ってやってまいりました」
「あぁそうかぃ。来たか,あのバカが。これから毎日こなきゃならないんだからな。せいぜい苦しめろ。懲らしめてやれ。じゃぁあたしゃもう一眠りするから,夜が明けたら定次郎か誰かをお奉行所に使いにやってくれ」

 夜が明けて,いい頃合いになると,奉公人の定次郎がお奉行所に向かいます。長い時間待たされてようやくお奉行さまの前へ。
「神田三河町,徳力屋万右衛門とはその方か」
「いいえ,あたくしは徳力屋の奉公人で定次郎と申します。主に成り代わりまして,八五郎の一文をお届けに上がりました」
「黙れ黙れ!天下の裁きを何と心得ておる。帰って主に申せ。主自ら,町役人五人組同道の上,一文を持って参れと!」
「ははぁ〜っ!」

さらなる騒動

 大慌てで店に戻った定次郎,
「旦那さま,大変でございます!」
「大変じゃないよばかやろう。今何刻だと思ってるんだ。うちからお奉行所まで行って帰ってくるのにどうしてこんなに時間がかかるんだ。どこで油を売ってたんだ」
「油なんか売ってませんよ。ずっと待たされた挙げ句に,まだ用が済んでませんよ」
「どういうことだ」
「お前は万右衛門か,主かと聞かれましたから,あたくしは奉公人の定次郎でございますと言ったら,なぜ主自ら来ないんだってカンカンになってます。町役人五人組同道の上,一文を持って参れ!って怒鳴りつけられましたよ」
「町役人五人組って言ったってな,ただで頼めるわけじゃない,日当を出さなくちゃならないんだぞ」

 そこへ番頭が割って入り,
「しかし旦那さま,お奉行さまの言うことには従っておきませんと,後々面倒なことになるかもしれません。今回のところはともかく町役人五人組をお願いして,後のことはまた考えましょう」
「うぅむ・・・番頭がそう言うんならしかたがない。わかったよ。日当はできるだけ抑えられるようにして,何とかしよう」

 そしてすぐに町役人五人組にお願いをして,半刻が過ぎた頃に今度は万右衛門一行がお奉行所へ出かけていきました。また長い間待たされてから,お奉行さまの前へ。
「徳力屋万右衛門,その方は天下の裁きをないがしろにしたな。よってその方には金五貫文の科料を申し付ける。相わかったのぅ」
「申し上げます。その科料を収めれば,明日からは代わりの者が八五郎の一文をお届けに上がっても・・・」
「黙れ黙れ!まだわからぬか!その方自ら,町役人五人組付添の上,毎日一文ずつ持って参れ!」
「大変なことになってきたなぁ・・・」

 一方,八五郎と大家さんはというと,
「八公,面白いことになってきたぞ。さぁ,一文持って行ってこい」
「眠いよぉ・・・」
「行ってこい」
「眠いよ」
「行ってこい!」

 と,何日か前と同じやり取りがあって,徳力屋の店先で,
「また戸が閉まってる。当たり前だよな,起きてるわけねぇや。まぁしゃぁない。(ドンドンドン)おはようございます!(ドンドンドン)徳力屋さん!(ドンドンドン)八公でございます。お奉行所へ持っていく一文持ってまいりました」
「またこんな早くに来たのかぃ。もっと遅くにこいって行っただろう。ほらほら,受け取りはもう書いてあるから,これ持ってさっさと帰りな!」

 こんなことを毎朝続けた後で,何日かすると今度は,辺りが薄暗くなり始めた夕方にも一文を持って徳力屋へ行ってこいと大家さんは言い出しました。
「今朝行ってきたばっかりだよ」
「明日の分だって言えばいいじゃないか」
「明日の分は明日持ってこいって言われるでしょう」
「そんなら,これはお奉行所へ届ける大事な科料ですから,一日も早く納めたほうがいいと思えばこそこうして夜も寝ないでお届けに上がりましたとでも言ってやれ」

口は災いの元

 再び徳力屋の店先で,
「今度は日が暮れちゃって閉まってるよ・・・。(ドンドンドン)徳力屋さん,(ドンドンドン)八五郎でございます」
「あぁ八っつぁんかぃ,何か用ならまた明日来な」
「お奉行所へ届ける一文を持ってまいりました」
「今朝受け取ったろ」
「明日の分を持ってまいりました」
「明日の分なら明日持って来なよ」
「そうですね,間違っちゃいませんね。でもこれはお奉行所へ届ける大事な一文です。一日も早く納めたほうがいいと思うんです。そう思えばこそこうして夜も寝ないでお届けに上がったんです」
「だめだったらだめだ!」
「でも,お奉行様に・・・」
「二言目には奉行奉行って,奉行って言えば何でも通ると思うなよ。奉行もヘチマもあるか!帰れ帰れ!」

 結局追い返されてしまいます。そのまま帰ってしまうと今度は大家さんからやいやい言われることはわかっていますから,徳力屋の軒先に腰を下ろして翌朝を待って,夜が明けたら渡して帰ろうと考えます。膝を抱えてこっくりこっくり居眠りをしていますと,そこへ見回りのお侍が通りかかり,
「怪しい奴め,そんなところで何をいたしておる!」
「あ,怪しい者ではございません。この町内に住んでおります,八五郎という者でございます」
「この町内に住む者が何故このようなところで眠っておるのだ」
「徳力屋に一文を届けに来たのでございます」
「おぉ,かねて奉行より聞き及ぶ八五郎とはその方か。持ってきた一文,なぜ届けぬ」
「明日の分は明日持ってこいといわれまして」
「ならば明日持参いたせ」
「しかしこれは,お奉行さまに届ける大切な科料の一文でございます」
「うむ,その通りだ」
「一日も早く納めたほうがいいと思うんです」
「それは感心だ」
「そう思えばこそ,夜も寝ないでこうして持ってきたんでございます」
「ますます感心だ」
「でもだめなんです。お奉行さまに届けるものだからと言ったら,奉行奉行とうるさいぞ,奉行と言えば何でも通ると思ってるのか,奉行もヘチマもあるかって,そう言うんです」
「そのようなことを申すわけがなかろう」
「いいえ,本当なんです。よろしかったら,今お聞かせいたしましょう」

 そう言うと八五郎,店の戸を叩きまして,
「(ドンドンドン)徳力屋さん(ドンドンドン)八公でございます(ドンドンドン)お奉行所へ届ける一文を持って参りました」
「まだそこへいやがるのか。何遍言えばわかるんだ。明日の分は明日持ってこい!」
「それはもっともですけど,これはお奉行所へ届ける大切な一文でございます。一日も早く納めたほうがいいと思うんです。そう思えばこそ夜も寝ないでこうして持ってきたんです」
「やかましい!何遍も同じことを言わせるな!さっきから聞いてりゃ奉行奉行って,奉行もヘチマもあるかってんだ!」
 これを耳にした侍,目の色を変えまして,
「(ドンドンドン)開けろ!(ドンドンドン)町方定廻りだ,開けろ!」
「何を言ってやがるんだ!奉行でだめなら今度は町方定廻りか!町方定廻りもハチの頭もあるか!」
「(ドンドンドン)町方定廻りだ,開けろ!」

 戸が開きますと,本当に定廻りが立っている。
「ははぁ〜っ!!」
「その方,町方定廻りはおろか,奉行を侮辱するなど無礼千万!よいか八五郎,いついかなる時であれ,好きなときに届けに参れ。不都合があるならば自身番に申せ。もしものことがあれば徳力屋,その方捨て置かんぞ!」
「申し訳ございませんでしたぁ〜!」

溜飲を下げる八五郎

「大家さん,あっしゃぁ今日ほど生きててよかったと思った日はねぇや。町方定廻りの前で徳力屋が潰れた蛙みたいになってさぁ,あのザマったらなかったねぇ!」
「だから言ったろう,面白くなるって。そのうちにな,徳力屋がいくらか持ってお前んとこを訪ねてくるだろうから,そのときにはすぐにあたしのところに連れてきなよ。一人で勝手に話をしちゃぁいけねぇぞ。わかったらこの一文持ってまた行ってこい」
「今行ってきたばかりなのに・・・」
「いいんだよ。お前は当分これが仕事だと思ってやってりゃいいんだ」

 言われるままに一文を持って大家さんの家と徳力屋を行ったりきたりしていた八五郎。暮れ方や夜明け前にそんなことを繰り返されて,徳力屋はすっかり参ってしまいます。
「番頭・・・あたしゃもう三日もまともに眠ってないよ・・・」
「旦那さまが三日眠っておられないのならば,あたくしどもはもっと眠ってません。よく考えてみると,今うちの店は大変なことになってますよ。五貫文ということは五千文でございます。日に一文ずつで五貫文受け取り切るまでに十三年もかかるんでございますよ。受け取りの半紙も五千枚,町役人五人組をお願いする日当・・・。このままでは店が保ちませんよ。いかがでしょう,示談を考えてみては」
「示談か。こちらからいくらか払えばそれで片がつくか。それなら百文でも二百文でも払うから示談にしよう」
「旦那さま,今これだけもめているさなかで,百文や二百文の話ではございません。十両出しましょう」
「おぃしっかりしとくれよ番頭。ことは一文から始まってるんだ。なぜあたしが十両も出さなきゃならないんだ」
「十三年眠れないよりいいじゃありませんか。出しましょうよ」
「そうかぃ・・・たしかにそうかもしれないなぁ」

 翌日,番頭に連れられて徳力屋は八五郎の長屋へ。
「(トントントン)八っつぁん!(トントントン)八っつぁんや!徳力屋だよ」
「あぁ,徳力屋さん。何かご用で」
「実は,示談の話をね・・・」
「あ,そういうことはね,大家さんのところへ行かなくちゃいけないことになってますんでね,一緒に行きましょう」

 大家さんの家で,
「はぃはぃいらっしゃい。さぁ入っとくれ。しばらくでしたね。お裁きのとき以来だ。で,何です今日の話ってのは。ほぅほぅ,これで示談を。なるほどね。でもまぁこれはね,あたしがどうこうってんじゃない,八公のことなんでね,本人に聞いてみなくちゃなりませんから,ちょいと待ってくださいよ。おぃ八公,今聞いた通り,ここにある十両で示談にしたいとおっしゃってる。お前が十両でいいといえば話はそれで終わりだ。だけどもし十両じゃ嫌だということになれば話は別だ。そこのところをお前に聞いてるんだよ。十両でよけりゃそれでいい。だけど十両じゃどうしても嫌なんだってんなら話は変わるぞって言ってるんだよ。え,どうなんだ。わかんねぇかなぁ,どうしても十両じゃ嫌だって言うんなら・・・」

 鈍感な八公といえども,ここまで繰り返されてようやく大家さんの腹が読めまして,
「こんのやろぉ徳力屋!こんだけ話をグチャグチャにしておきながら今さら十両ばかりのはした金で・・・」
「お前,大きく出たねぇ!ちょっと前までは一文もなかったんだぞ。こりゃぁ驚いたが,まぁいいや。とまぁそういうことでございます徳力屋さん。本人は嫌だと言っておりますよ」

 大家さんのたぬき親父っぷりに,徳力屋もさすがに嫌な顔になり,ぶっきらぼうに尋ねます。
「・・・じゃぁ,いくらやったらいいんですかねぇ」
 ふて腐った言い草に,大家さんが噛みつきます。
「何だぃ,やったらってぇ言い草は!あんたまだわからねぇのか!なぜ大岡様がこんなお裁きをなさったかまだ気がつかねぇのか!よく考えてみな。八公は傍から見りゃぁ物もらいみてぇなもんかもしれねぇ。それに間違いなく法を曲げた。天下の通用をあんたに向かって投げた。無礼なことをした。五貫文の科料を食らってもしかたがねぇや。お前さんは何も悪いことしてねぇだろうよ。それなのにお前んとこも五貫文の科料を食ってこんなことになっちまってる。おかしいと思わねぇのか。確かに八公は悪いことをしたけどな,こいつが何をしていようがいまいが,何とかまともになって八百屋をやろうと言ったんだ。ない金を出せってんじゃねぇんだ。有り余ってる金の中からわずかでも元手の足しになるくらいのものを恵んでやってくれねぇかと言ってるんだ。恵んでやったって鷺も烏も笑わねぇだろうよ。ましてやお前はこいつに恩があるんじゃねぇのか。こいつの死んだ親父に,役人との間に入ってもらって何とか潰されねぇで済んだ恩があるんじゃねぇのか。犬畜生だって恩は忘れねぇよ。世間様が思うくらいのことをしたらどうだぃ。そんなに金貯め込んでどうする。銭は使って初めて銭なんだ。置いといたってどうにもなるもんじゃねぇ。死んでもあの世まで持っていくつもりか。持ってけるもんなら持ってってみな。一人で百枚のきものを着て面白いか。一人で百帖の座敷に寝て楽しいか。百膳の飯はいっぺんに食えねぇんだよ!糞くらって西へ飛べ!」
「・・・出直して参ります」

 明くる日,再び番頭とともにやって参りまして,
「どうかひとつこれでご勘弁を願います」
 と出された金が百両。そればかりか,八百屋を始める道具から青物から,何から何まで揃ってしまっている。どさくさに紛れてあれだけの大口をたたいた八五郎もさすがにこれには手を打ちまして,このいざこざは一件落着と片づきました。

噺の結末いろいろ

 この噺の大筋はここで終わりですが,結末のパターンは噺家の解釈によってまちまちです。示談のしかたも噺家ごとに異なります。

・六代目三遊亭圓生の型

 かつて「笑点」の司会を務めた五代目三遊亭圓楽の師匠である六代目三遊亭圓生の口演(演題は「一両惜しみの百両損」)では,大家さんは徳力屋に対して初めは示談金に千両をふっかけました。その金額を聞いただけで徳力屋は目を回してしまったので,番頭はすぐに薬を買いに走り,万右衛門に飲ませました。正気に戻った万右衛門,
「この薬,いったいどうしたんだぃ」
「先ほど買って参りました」
「何!買ってきた!いくらかかったんだ」
「一朱でございます」
「何,一朱も!うぅぅぅ〜ん・・・!」
と,また目を回してしまった,という風に,最後の最後まで金が出ていくということを何よりも嫌がるどケチな男としてこき下ろすように描いています。

 そして,千両ではあまりにも法外だというので,なんとか百両に負けてくださいと頭を下げてやっと話がまとまったという流れでした。

・柳家三三の型

 人間国宝・十代目柳家小三治の弟子である柳家三三の口演では,万右衛門は八五郎に示談金として,また八百屋開業の元手として二十両を渡しました。八五郎が大喜びで受け取ると,万右衛門は人に施しをすることに快感を覚え,困った人がいれば進んで助けるような人に生まれ変わりました,という風に噺を結んでいます。

・立川談志・志の輔の型

 今回参考にした立川談志・志の輔の口演では,万右衛門が八五郎に渡したのは談志の場合は百両と八百屋の店道具一式,志の輔の場合は五十両と店道具一式でした。八五郎と徳力屋の間に起こったこの出来事の顛末はやがて江戸中に広がって,町人たちの間に噂が立ちます。
「聞いたかぃ,徳力屋の話。前は情け知らずだとか金の亡者だとか言われてたけどねぇ,実はそうじゃなかったんだねぇ」
 どんどん広がる噂はやがて徳力屋の耳にも入ります。それまでとはまったく異なる印象を持たれているとなると,当の徳力屋もくすぐったいような嬉しいような気持ちになります。徳力屋は人情に厚い,金にきれいだと言われているうちに儲け度外視のような大盤振る舞いを始めたかと思うと,度が過ぎてしまいやがて潰れてしまいました。

 一方八五郎のほうも,晴れて八百屋になったとはいえ,元々青物の扱いをよく心得ていたわけではない。仕入れた青物が次から次へと枯れていく。売り物にならなくなる。そうするとせっかく始めた八百屋も潰してしまう。八五郎と徳力屋の間を行ったり来たりしていた大家も,やがて歳をとって死んでしまった。結局幸せになった者は誰もいなかったと噺を締めくくっています。

 すっきりとした後味の良さでいえば三三の型,もしかしたらこうなるかもしれないと想像しうる結末に最も近いのは談志・志の輔の型ではないかと私は感じます。後日あらためてこの噺の詳細について考察を試みます。

「健康で文化的な最低限度の教養」を謳歌しよう

「教養」への欲求

 いま日本では、教養を身につけることに対する潜在的な欲求がかつてなく高まっているようです。

 その証拠の1つに、中田敦彦のYouTube大学の大人気が挙げられます。日本史、世界史、現代社会、政治経済、文学、話題になった書籍、歌舞伎・落語などの日本文化に至るまで、幅広いジャンルを網羅しています。「いつか学ぼうと思っていた」「今さら聞けない」という類いの情報が、絶妙なコンパクトさと巧みな話術でわかりやすく解説されています。

 それらのテーマの中から、特に落語と書物(いわゆるメジャーなもの以外も含め)に関する話題に焦点を絞り、そのあらましや考察を分かち合うのがこのブログの主な目的です。

なぜ落語?

 私が生まれて初めてしっかり落語を聴いたのは1996年で、そのときあまりの面白さに衝撃を受けて以来すっかり落語の虜になり、気がついてみればのべ3,000題にのぼる膨大な落語音源のコレクションができ上がっていました。かつて東京在住の折には、しばしば寄席にも足を運びました。落語は、人間らしい楽しみや滑稽さをはじめ、今や忘れられつつある価値観のほか、かつて広く庶民が共有していた教養の宝庫です。現代ではなかなか理解されにくく、一般にはもはや通用しにくい考え方や慣習が噺に織り込まれていることも少なくありません。しかし、時代が移っても変わらぬ道理を垣間見られる噺もまたふんだんにあります。ただシンプルに落語が好きで、それらの楽しさをもっと多くの人に知ってもらいたいと思ったのが、ブログの題材として落語を選んだ理由です。

 また書物の中にも、ベストセラーとして大きな脚光を浴びることがなくても、優れた作品はいくらもあります。そのような書物や落語のうち、興味を惹かれ、楽しく、健全で有意義でいくばくかの学びを得られたと感じたものだけをご紹介します。面白いと思わなかったものについて批判めいた論じ方はしたくないし、できないし、すべきではありません。噺家さんたちが自らの芸を「お客さまの縁起を祝う商売」と捉えておられる姿勢を模範としたいからです。

 このブログが、何らかの形で、日本人が備えておきたい「健康で文化的な最低限度の教養」を享受しつつ、隠れた「理に照らし」ながら世の中や人のありようを捉え直せる場(理照庵)になることを願うばかりです。

 落語→書籍→落語・・・と順繰りに1題、1冊ずつご紹介していく予定です。よろしくお見知りおきのほどお願いいたします。