神さまの日記

beate bachmann:Pixabay

 数年前に見つけた海外のウェブサイトに載っていたショートストーリーを独自に翻訳したものをご紹介する。Andy Weirという人の作で、実によくできた興味深い話である。この筋書きについては、折に触れて何度も何度も考えた。かつては「なぜ生きるか?」と自問することが多かったが、今はむしろ「どう生きるか?」に関心が移った。そうすると、このストーリーの捉え方も変わってくる。

 原文のタイトルは「The Egg Theory(たまご理論)」だが、内容から工夫し、あえて「神さまの日記」とした。

原文のURL:The Project Avalon Forum
http://projectavalon.net/forum4/showthread.php?44796-The-EGG-theory

「神さまの日記 ××年△△月◯◯日」

 家に帰る途中でお前は死んだ。

 交通事故だ。よくあることとはいえ、運命の分かれ道というわけだ。妻と二人の子どもが後に残された。痛みを感じる暇さえない死だった。さすがの救急隊員も手の施しようがなかった。体がすっかりバラバラになったのは不幸中の幸いかもしれん、いや本当に。

 そんなわけでお前と私は顔を合わせた。

「何が・・・何が起こったんだ?」お前は尋ねた。「ここはどこだ?」
「お前は死んだのだ」私は言い放った。事実は事実、言い繕っても仕方がなかろう。
「たしか……トラックが横滑りして……」
「そうだ」
「わ、私は死んだのか・・・」
「うむ、だがそう悲観するな。誰だって死ぬのだ」
お前はあたりを見回した。無の世界。お前と私がいるばかりだ。「この場所は何だ?死後の世界か?」
「そんなところだ」
「あなたは神さま?」
「いかにも。私が神だ」
「子どもたちは……妻は」
「どうかしたか?」
「みんな大丈夫だろうか?」
「いいねえ。死んだ途端にまず気にかけるのが家族のことだとは。善人として生きたのだな」
お前は何かにとりつかれたような目をしていた。お前の目には、私の姿は神らしくは見えなかったのだろう。ただの男、いやもしかすると性別すら曖昧だが威厳はあるというところか。どちらかと言えば文法の教師に近いかも知れぬ、全能の神というよりは。
「心配無用、家族は大丈夫だ。子どもたちはお前を非の打ち所のない父親としていつまでも忘れないだろう。反抗期にもまだ早いしな。妻は表向きは涙を流しているが、実は秘かにほっとしているだろう。有り体に言えば、お前たち夫婦の仲は壊れかけていたのだ。せめてもの慰めがあるとすれば、ほっとしている自分にいささか罪悪感を感じるはずだ」
「そうか。それで、これからどうなるんだ?天国とか地獄とかそんなところに行かされるのか?」
「違う。お前は生まれ変わるのだ」
「ああ、ということはヒンズー教の言うことが正解だったのか」
「宗教はいずれも正しい。解釈の相違があるだけだ」

「さあ、歩こう」
お前は私の後をついてきた。『形なくむなしい』地をずんずん進んだ。「どこへ行くんだ?」
「どこだっていいさ。ただ歩きながら話をするのも悪くなかろう」
「はっきりさせたいんだが、生まれ変わったら黒板を消したみたいにリセットされるんだろう?赤ん坊として生まれて、これまでの経験も何もかも帳消しになると」
「それは違う!これまで生きたすべての人生で得た知識も経験もことごとく自分の中に残されているのだ。今はことごとく忘れているがな」
私は足を止めてお前の両肩に手を置いた。「魂は、お前の想像以上に驚異的で美しく並外れて偉大なものだ。人間の意識に収まることなど自分自身のほんの一部でしかない。コップに指を浸して冷水かお湯かを確かめてみるようなものだ。体のほんの一部をちょっと浸けて引っ込める。お前が得た経験はそれだけのことだ。人間として四十八年ばかり生きたところで、体をまるごと投げ出して計り知れない意識の残りの部分に浸る感覚を味わったわけではないのだ。今ここでぐずぐずしていれば、だんだん何もかも思い出し始めることになる。しかし生まれ変わりの間で思い出してみたところでしかたがない」
「なら、これまで私は何度生まれ変わってきたんだ?」
「そりゃもう何度も。山ほど、どっさりだ。何度も何度も別の人生を生きてきた。 今度は西暦540年の中国で農家の女の子として生きることになるぞ」
「ちょ、な、何だって?」お前の舌がもつれた。「過去に戻って生きろというのか?」
「事実を言ったまでだ。お前の知っている時間の概念は人間の住む宇宙にしか存在しない。私がやってきたところでは状況が異なる」
「どこから来たんだ?」
「さあな、どこかからだ。ここではないどこか。そこには私以外の者もいる。どんなところだか知りたいだろうが、まぁ話してもわからないさ」
「そうなのか」お前は少し残念そうだった。「でも待てよ、あちこちに生まれ変わっているうちに、いつかどこかで自分自身と関わることもありうるんじゃないか?」
「もちろん。いつもそうだ。両者の人生はそれぞれ別個のものとして意識されているから、そんな事情があるとはお互い気づかないがな」
「結局、何のためにそんなことになってるんだ?」
「そう来るか?」私は聞き返した。「ここでそう聞くか?人生の意味を尋ねようというのか?少しばかりありきたりじゃないかね?」
「でも、筋違いでもないと思うけど」お前は食い下がった。
私はお前の目を見て言った。「人生の意味。そして私がこの宇宙全体を創った理由。それは、お前の成熟のためだ」
「つまり全人類に?私たちに成熟を望んでいると?」
「『たち』ではない。お前『だけ』だ。私が全宇宙を創ったのはお前のためだ。生まれ変わるたびにお前は成長し成熟し、より偉大な知性となる」
「私だけ?他の人たちはどうなるんだ?」
「他の人などいない。この広い宇宙にいるのは、ただお前と私だけだ」
お前は頭が真っ白という様子で私を見た。「でも人類が地球に……」
「すべてお前だ。異なる命に生まれ変わったお前の姿だ」
「つまり、私が全人類だと?」
「わかってきたようだな」生徒を褒める教師のように、私はお前の背中をぽんと叩いた。
「私がこれまで生きた全人類?」
「これから生まれる全人類でもある」
「アブラハム・リンカーンも?」
「ジョン・ウィルクス・ブースもだ」
「ヒトラーも?」お前はぎょっとした顔で言った。
「ヒトラーに殺された何百万人の人たちでもある」
「イエスも?」
「彼に付き従った者すべてもそうだ」
お前は黙りこんでしまった。

「誰かを犠牲にするたびに」私は続けた。「お前は自分自身を犠牲にしてきたのだ。他人への親切な行いはすべて自分に向けての親切だ。うれしいことや悲しいことを、どんな人間として生まれようとお前は経験してきたし、これからも経験するだろう。それらはすべてお前自身の経験なのだ」
 長い間お前は考え込んでいた。
「なぜ?」口を開くとそう言った。「なぜそんなしくみに?」
「それは、いつかお前が私のようになるからだ。それこそがお前なのだ。お前は私と同類。私の子だ」
「えっ」お前の声はいぶかしげだった。「つまり私は神なのか?」
「いや。今は違う。まだ胎児の状態だ。今もどんどん成長している。全人類の人生を生き切って初めて神の子として生まれる」
「ということは全宇宙は……」
「卵だ」私は答えた。「さあ、時が来た。次の人生に行って来なさい」

 そう言って私はお前を送り出した。

【漱石インスパイア】

2016年6月 実家にて 

 実家は私の住まいから徒歩5分以内の場所にあるが、特段の用事でもない限り行き来することはさほど多くはない。そのためか、実家で暮らす猫の「こむぎ」はかつて、私の顔をなかなか覚えてくれなかった。そういった時期のことを思い返しつつ、ある日撮ったこむぎの写真を見ながら数年前に浮かんだのが次のような文章で、それに少々手を加えてみた。

 何の役にも立たず何の学びも教養ももたらすものではない。我が家の日常の一場面とこむぎの様子を夏目漱石「吾輩は猫である」風に記しただけのごく短い戯れの紹介文である。時折そんなことをしながら文字を加えたり削ったりしていじくりまわしている。

吾輩は猫である。名前はこむぎ

 どこで生まれたものやらとんと見当はつかぬが、現在腰を落ち着けている北海道ではなかったということだけは、日々吾輩の食い物の支度をし何やかやと世話を焼く女主人から知らされた。平生は女主人とその老母が吾輩の面倒を見ていたが、老母は介護施設なるところへ一時転居(やうつり)したとのことで、この住まいにはおらぬ。女主人も老母も至って善良なる人間で心持ちよく交際できるのだが、ときたまやってくる大男の有り様には閉口する。なんでも女主人の兄だそうである。

 「毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶だ」

 この世に来る前、ただ「吾輩」とのみ名乗りついぞ名を持たぬ猫は、人間をそのように描写していた。こんな片輪には一度も出会したことがないとも述懐していたが、この大男、顔はおろか頭にまるで毛がないとは恐れいった。ここまで来ると狐狸妖怪の類と疑わざるを得まい。

 何年も前のある日の午後、老母が昼餉を済ませて一刻ほども過ぎた頃だったか、この男が我が家にやってきたことが匂いで知れた。ことによっては退治してくれんと身構えておったが、戸が開いた時に見えた男の頭はその日は黒いもので装飾されていた。とはいっても毛ではない。真っ黒い小ぶりな編笠のようなものを乗せている。様子がいつもと違うのが不思議ではあったが、吾輩もいくらか興味をそそられた。長椅子の上に飛び乗って男の腹あたりに鼻を近づけると、男はごつごつした手を吾輩の頭に乗せてなでた。存外性質の悪い人間ではないのかも知れぬ。

 吾輩の暮らしている北海道という土地では、口から発する音声の抑揚に甚だ癖のある者に時々出会す。編笠の大男もその一人である。高くなり低くなり、かと思えば間延びしたような調子で、極めて呑気な性質を示しているように思われる。

 吾輩が男の腹に顔を持っていったのを、親愛の情を示したとでも思ったか、男は大げさに目をひんむいて声を裏返しながら、

「これはこれはご丁寧にどうも」

 などと人の機嫌を取る幇間のごとき言葉を発して編笠を取り、吾輩に向かってぺこりと頭を下げて見せた。途端に吾輩の目の前に現れたのはあのつるつると光る禿頭である。きゃっと叫び声を上げそうになったがそこはこらえた。ただ踵を返して走って逃げた。「牡に生まれながらなんてぇざまだ」と、「吾輩」君からその噂をたびたび聞かされていた「俥屋の黒」君などは嘲笑うやも知れぬが、気味が悪いのだから致し方あるまい。身を低くして足の長い飯台の下で身を低くして隠れて様子を窺っていると、男は老母と大声で笑った。

 「なんだ、お前はこの頭が怖かったのか。だからいつも逃げまわっていたのだな。は、は、は」

 珍奇きわまりないものをいきなり見せつけておきながら、なんだとはなんだ。とは思うものの、吾輩は人間の如く言葉を発して抗議する術を知らぬ。こんな時は努めて平静を装い、香箱などを組んで知らん顔を決め込むより他はないのである。